高校野球交流試合 インタビューでの違和感

お盆休みをいただいています。ストレスフリーの気ままな時間は、やはり感謝。神様ありがとう‼️

嬉しいサプライズとしては、夏の甲子園は、今年は無理だろうと思っていたのに、交流試合が観られること。センバツで選ばれたのに春にプレーできなかったチームが招待され、勝っても負けても1試合だけという切ない設定付きだ。

そして今回は何と、負けたチームの選手のインタビューが聞けるという特典付きだ。僕は、毎年NHKに文句を言いたかった。「なぜ負けたチームの選手のインタビューを流してくれないのか?」と。今大会が始まるまでは、試合後のインタビューは、必ず勝ったチームの監督。そしてそのチームの活躍した選手一人と、負けたチームの監督の談話を記者が報告するという形だった。

僕は負けたチームの中心選手、キャプテン、または結果を左右するプレーに絡んだ選手の言葉を談話という形でもいいから聞きたかった。「あの場面をどんな気持ちで闘っていたのか?」、「なぜあんなミスをしてしまったのか?」そしてその時どんな気持ちだったのか、または試合が決した今どんな気持ちなのか、それがゲームの行方と同じくらい知りたいのだ。

注目して、インタビューを観た。監督も選手も一様に、プレーできる環境をつくってくれた関係者に感謝していた。それは、本当にそうだと思うし、それを言葉にして伝えるのは大事だと思うので、良いことだと思う。

勝ったチームの監督と活躍した選手は、勝って終われたことを素直に喜び、これからの人生の糧にしたいと言っていた。素直な感想だと思う。

しかし、負けたチームの監督と中心選手の言葉は、物足りないと共に違和感を感じた。特に天理高校。秋の大会では、一番熱いと言っていい近畿大会を並いる強豪を抑え強打で制したチームだ。今日の試合では、前評判では格下のチームにエラーによる2点だけに抑えられ負けた。

それなのに監督は「自分たちの力は出し切った。」と悔しそうな表情も見せずに言った。余りに淡々としていたことにインタビューアーも驚いて「打てなかった原因は何だったと思いますか?」と深掘りする程だった。

次に登壇したのは、天理のキャプテン。秋の大会は、打率5割以上、ホームラン5本、打点もたくさん稼いだ打のチームの中心選手だ。彼に何度かチャンスで打席がまわってきたが、ことごとく打てなかった。登壇まで少しの間があり、もしかしたら泣いていて上がれないのかと思った。しかし、いざ登壇した彼も余り悔しそうではなかった。これまた機会を作ってくれた関係者に感謝し、「力を出し切った」というようなことを言っていた。「嘘だろっ」と耳を疑った。「打の中心だったキャプテンの自分が打てずに負けたんだぞ‼️」

でもその兆候は、前日の違う試合のインタビューからあったような気がする。「プレーをする場を与えられたことに感謝する。」、「ここで得た経験を人生の糧にする。」はんで押したように監督も選手も言っていた。要するに多くの労力と好意で開催された大会で、ネガティブと思われるようなことは一切言ってはいけないのだ。他のスポーツの大会が一様に中心されている中で特別に行われているなら尚更だ。

「関係者」から、試合後のコメントに関する指示があったのかもしれない。監督や選手が空気を読んでいるだけかもしれない。でも、僕は悔しい思いをした選手の「悔しい!」を聞きたかったし、涙を見たかった。そこにあるドラマがスポーツそのものと同じくらい好きなのだから。